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東京高等裁判所 昭和61年(う)713号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平山三喜夫作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官橋本昂作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点について

所論は、要するに、原判決は七才の幼児である証人甲山花子の尋問調書に依拠して被告人を処断しているが、該調書は証言能力のない者の証言を録取したもので証拠能力を欠くから、これを有罪認定の資料に供した原判決には訴訟手続の法令違背がある、というのである。

しかしながら、記録を検討しても甲山花子は証言能力に欠けるところはなく、その証言を録取した尋問調書の信用性も優に認められるから、これを被告人断罪の資料に用いた原判決には所論のような法令違背は認められない。若干補説すれば以下のとおりである。すなわち、被害者甲山花子(昭和五二年七月四日生)は本件被害時七才四か月の小学校一年生、証言時七才九か月の小学校二年生の少女であつたものであるが、同女が自分の体験した過去の事実を記憶に基づいて供述しうる精神的能力を有していたことは同女の証言を録取した尋問調書の記載自体並びにその証言内容を裏付ける諸々の証拠資料によつて十分認められるところである。前示の尋問調書によれば、被害時の同女の精神状態には体験を記憶しこれを再現する能力に欠けるような状況に陥つたと認むべき証跡はないのみならず、少女なりに事態を弁えていたことが窺知できるのであり、公判期日外において実施された証人尋問における証言内容を仔細に検討するに、誘導にわたらないように配慮を加えた検察官の簡潔で注意深い質問に対して、同女はわからないことは「わかんない」、「憶えていない」と答えたり、黙して答えなかつたりはしたものの、被害の大筋、被告人の具体的な振舞について簡明に答えており、「おじさんは泣いたりすると香港に売りとばすぞと云つた、着ていたものは全部脱がされた、おじさんが脱がした、口を口のところにつけてきた、おじさんにはおしつこするとこを何回もなめられたのと筆の毛先の方を二回入れられたのとローソクたらされた、痛かつたし熱かつた、ローソクを足の裏やここ(足の付け根の部分とすねの部分を指差しながら)にもわざとたらした、花子の靴玄関になかつた、足の裏の指の付け根のとこに火傷をした、おしつこのところや顔に怪我をした、誰かがきたときおじさんに口にガムテープを貼られた、タンスに入れられた」などと供述し、弁護人の質問に対しても普通に供述していることが認められる。つまるところ同女が検察官らの質問の趣旨を正しく理解し自分の体験をしつかりと自分の言葉で述べたことが明らかである。のみならず、同女の証言の内容を裏打ちする傍証が多々あることも記録上明白である。すなわち、当審取調べにかかる証拠を含めた関係証拠によると、第一に警察官が被告人の居宅に踏み込んだ際、同女は二階四畳半の洋服ダンスの中に閉じこめられていたのを発見されたのであり、第二に被告人方から押収されたガムテープ片に付着していた口唇紋様の痕跡と同女の口唇紋の紋理とが形態的特徴の点で極めて類似性の高いものであることが鑑定の結果明らかとなつており、これは同一人によつて印記された可能性の極めて高いものと認めてよいものであること、第三にローソクによつて同女がその供述するような身体の部位に火傷を負つたこと、また同女が筆などで被害を受けたという箇所に受傷していることが同女の治療にあたつた医師の証言によつて明らかとなつていること、第四に同女の証言に出てくる筆、ローソク、ガムテープが被告人方から発見され、同女の靴も被告人方階下居室の布団の中から発見されていることなど、同女の証言の真実性を担保する証拠や状況が存するのである。以上によれば、同女がまさしく証言能力を有していたこと、したがつてその証言を録取した所論尋問調書が証拠能力を具えていることが認められることはもとより、これが信用性を有することも明らかであるから、該調書を罪証に供した原判決には訴訟手続の法令違背は認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点について

所論は、要するに、被告人は本件犯行時精神病のため心神喪失ないし心神耗弱の状態にあつたから、これを認めなかつた原判決には事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、関係証拠によれば、被告人は本件犯行当時是非善悪を弁識しこれに従つて行動する能力を有していたと優に肯認できるから所論は採用するに由なきものといわねばならない。

すなわち、捜査段階において被告人の精神状態を鑑定した医師高橋芳和の精神診断書並びに同人の原審証言によると、被告人は性格異常、サディズム、小児嗜虐の性的異常を併有する精神病質者であつて、本件犯行時精神病の徴候、精神障害は認められないというのであり、更に被告人が本件と同様の事犯をかつて惹起した際被告人の精神鑑定がなされていて、その際も前判示の診断と同様被告人は小児愛を中核とする嗜癖型の性欲倒錯者で精神病質者であるとの判断が鑑定人により示されていること、被害者の前掲供述によつて認められる犯行の経緯、態様などの客観的状況には性格異常の徴憑こそみられはするものの被告人の精神障害を窺わせるものはないこと、被告人が昭和五九年三月ころに脱院するまで入院していた久留米丘病院の医師落裕美の司法警察員に対する供述調書や病床日誌によると被告人は性に対する性格異常、精神病質者であると診断されていること、その他被告人の実母が被告人の性格、生活状況、平素の行動について供述しているところなどを併わせ考慮すると、被告人は本件犯行時是非善悪の弁別能力ないし行動能力を全く欠いていたとか著しく減弱した状態になかつたことが認められる。そうするとこれと同旨の認定判断に出た原判決は相当であるから、所論は採用できず、論旨は理由がない。

控訴趣意第三点について

所論は量刑不当の主張である。

そこで記録を調査して検討を加える。本件は被告人が帰宅途中の小学生を誘拐、被告人方に連れ込み原判示のようなわいせつの行為をし傷害を負わせたという事案であるが、原判決が「量刑の理由」の項で科刑の事情につき詳細に説示する点の大筋は当裁判所も相当としてこれを首肯することができる。特に、本件の経緯、態様、罪質、同種前科、被告人の性格異常に加えて、被告人が本件につき真摯な反省をすることもなく、いたずらに嘘を重ねて恥じることのない者であり、あまつさえ大きな痛手を蒙つた幼い被害者やその両親に対して何らの慰謝の途を講ずることのなかつたことなどにかんがみると、犯情は悪く重大であり更にその性格特徴などに照らすと再犯のおそれも非常に高いと認められるから、被告人をかなりの長期の刑に処することはやむをえないところというべく被告人を懲役六年に処した原判決の量刑は相当であつてこれが重きに過ぎて不当ということはできない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を、当審における訴訟費用を負担させないことにつき刑訴法一八一条一項ただし書を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡田光了 裁判官礒邉衛 裁判官坂井 智)

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